島はいま、レモンの花の甘い香りでいっぱいです。白地に薄いピンクの差した花びらが大きく開いて受粉のために虫たちの来訪を待っています。さーっと舞う一陣の風に乗って虫たちが去った後、役目を終えた花びらの亡骸は静かに大地に帰ってゆきます。
島の人たちは、この時期、ちょっとした贅沢を楽しむことができます。熱々の紅茶に明日にでも開きそうな蕾を一つ二つ、そっと浮かべて花びらが開くのをゆったりと待ちます。しばらくすると、琥珀色の海に浮かんでクルクル回っていたピンクの蕾が一瞬立ち止まるかのように見え、次の瞬間、ポンと弾けるように開き、それまで内側に閉じ込めていた花弁の白無垢とともに、あのレモンの香りに少しだけ甘さを足したような、芳潤な香りが静かに部屋いっぱいに拡がっていくのです。何もかも忘れて、至福の一時を過ごすもよし、淡い初恋の日々を回想するもよし、この島に住むものに与えられた悦びを満喫するのです。
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